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# by efu1977 | 2012-03-01 09:37

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 書評です。  


 少し前に発行されました「ミフターフ Vol.29」に書いた文章を転載します。



 書評「新月の夜も十字架は輝く―中東のキリスト教徒 (イスラームを知る) 」菅瀬晶子/著・山川出版社


 人口の90%以上がムスリムである中東において、圧倒的マイノリティであるキリスト教の人々。本書は、ローマ・カトリックやプロテスタントが伝播されるより遥か以前から、キリスト教の信仰を保ち続けてきた中東のキリスト教徒たちの歴史や文化を紹介しています。また、中東を離れて世界中で暮らす中東キリスト教徒の信仰や生活習慣、あるいは意識のあり方なども描かれています。
 著者は、「ミフターフ」で『パレスチナ風土記』を連載されている菅瀬晶子さん。パレスチナの歴史や文化を、普段私たちが見聞きしている大画面的な報道でなく、直接肌で感じることができるような、手触りのある魅力的な文章で紹介していただいています。本書においても、一個の人間が関与することができない民族、宗教、国家というものが支配的な世界の中で、中東キリスト教徒たちがどのようにして、家族を中心とした村や土地の共同体と共に、文化や風習を受け継ぎながら信仰を保ってきたのかを教えてくれています。また、マイノリティであるがゆえの困難な状況にありながら、それぞれが暮らす国家や社会の中で、たくましく誇りを持って生き続ける人々の様子が、信仰の場である教会や祝祭においてはもちろん、家の玄関や居間に飾られている調度品などのモチーフを通じて紹介されています。たとえば、家の戸口に飾っている聖母マリア像は既製品が多いけれど、マール・ジュリエスのレリーフは石工によってさまざまな個性があり、一つ一つ見て歩くだけでも興味深いなど、そんなエピソードを読んでいると、まるで著者の親戚や親しい友人の家にご招待されているようなアットホームな気分になってしまいます。
 また本書では、圧倒的少数者とはいえ中東のキリスト教徒たちが、中東のみならず世界史において果たしてきた重要な役割も指摘されています。オスマン帝国末期の19世紀中葉、アラビア語復興運動と共に始まるアラブ・ナショナリズムの興隆を担ったのが、アラブのキリスト教徒であったこと、また、パン=アラブ主義を掲げて誕生したシリアのバアス党など、現在の各地の政党を組織したのもキリスト教徒であったことなどが紹介されています。中東のキリスト教の人々がマイノリティであるという困難な状況の中で、その歴史や文化を尊重しながら個々の生活を営み、また少数派でありながらも地域や社会に深く関わってきた歴史を見る時、中東のキリスト教徒のみならず、ある社会の中で否応なくマイノリティとして生きざるをえない人々が、その歴史を引き受けながらも、マジョリティの歴史に埋没することなく、たくましく生き続けていることに思い至らざるを得ません。
 
 私を含め日本で暮らす「在日韓国・朝鮮人」の人口は現在約60万弱。日本の人口のわずか0.5%にも満たない圧倒的少数者です。しかも、その大多数が私のように「在日」であることを知られないよう「通名」で社会生活を送っているため、日本で「在日」に気づく機会は、実際の数よりもっと少ないと思います。「在日」が多く暮らす地域に行って、注意深く戸口の表札を観察すると、「本名」(民族名)と「通名」の二つの表札が掛かっていたり、また「本名」の脇に(○山)と「通名」が書かれている表札を見つけることが出来ます。比喩としての「十字架」は、日本の中でも人目につかず輝いているのかも知れません。

# by efu1977 | 2011-05-17 13:42

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 母のソナタ(後編)  

 それ以来、現在に至るまで、母の「韓流ブーム」が続いています。


 私と同様、「冬のソナタ」を早々に見終えた母は、「冬ソナ」以降、毎週一回NHKの総合で放映されていた「美しき日々」や「オールイン」などを見始めたのは勿論のこと、週に一度の韓ドラではガマン仕切れなくなったらしく、近くのツタヤに通っては、毎日必ず一本見るという日々を送ることになりました。
 当時既に、ツタヤなどのレンタルショップには「韓流」のコーナーがショップの一角を占めるようになっていたとはいえ、現在ほどの新旧何でもありのラインナップが揃っているというほどではなかったように思います。母は、「韓流」好きになった当初から、ヨン様が好きとか、イ・ビョンホンやチャン・ドンゴンなど「韓流四天王」と称されていたイケメン俳優の誰かに夢中になっているという感じではなく、とにかく「韓流」のドラマやストーリーなど「韓流」の「ワールド」そのものに熱中していたようでした。だから、ツタヤなどのレンタルショップに行って、とりあえず「韓流」コーナーに並んでいる何か適当な作品を借りてきては、仕事を終え夕食の片づけをした後、テレビの前に座って熱心に韓ドラを見ていたのでした。


 私の母親は、わりと何に対しても淡白な方で、私の知る限りでは、何か趣味を持っていたり、継続的に何かを行なうというようなことが無かったように思います。勿論、毎日仕事が忙しく、かつお金も無いので趣味や道楽のようなものを持てる余裕が一切無い人生を送ってこられたということもありますが、そんな自分自身のためにお金や時間を費やすことができない母親を、私は少し寂しく哀れに感じてもいました。幸い、母は私の「母なる証明」として、大のビール好き、とりあえず、ビールがあればたいていのことはガマンできるというストレス解消法を持っていました。だから、私は会社が終わって時間がある時に、母を誘って近くの居酒屋に飲みに行っては、ビールとアテをつつきながら、母親の、父に対する文句や職場のグチ、私へのお説教や嘆息に付き合ってあげるなど、ちょっとした「親孝行」をしていたりもしました(説教や嘆息を取り除いてあげるのが一番の親孝行やろ!という儒者の声)。
 だから、そんな母親の人生に初めて「韓国ドラマ」という、思ってもみなかった新しく熱中できるものが現れたことが、私にとってもとても喜ばしく、毎日テレビの前に座って缶ビールを片手に熱心に韓ドラを見ている母親の姿に、私は安堵の気持ちを覚え、また私自身も高く評価している韓国ドラマに対して、何か感謝の気持ちのようなものも感じていました。


 そんな風に、母に韓流ブームが訪れて以降、私がハッキョや習い事が終わって夜に家に帰ると、缶ビールを片手にテレビの前に座りながら、韓ドラを見ている母の姿が我が家の日常風景になっていきました。そうして、私もハッキョや付き合いが無い日など、比較的早く家に帰ることができた時は、母の隣に座って缶ビール片手に、母の見ている韓ドラを一緒に見る日も多くなっていきました。
 そんなある日、私が家に帰ると母がいつのもようにテレビの前に座って韓ドラを見ていたので、母と一緒に私も少し見ていたドラマの続きを見ようと、母の横に腰を降ろしました。ところが、その日のテレビの画面に映っていたのは、数日前に母が見始めていたドラマと同じものではなく、その作品とはまた別の作品を母が見ていることに気が付きました。私は母に「これ、こないだ見てたんとちゃうやん?こないだのん、もう見終わったん?」と、一般的に韓ドラは最低でも20話近くあり、いくら毎日見ていたとしても、まさかこないだ見始めたばかりのドラマを母がもう見終えていることは在り得ない、と思いながら母に聞いてみました。すると、母は「お母さんが、今日ツタヤ行ったら、よりによってお母さんが借りようと思ってた巻が借りられてなかってん、ほんまに、腹立つわあ。他のドラマ見たらいいのに!」とふくれっ面をしながら言います。それを聞いた私は、いやいや、その人もアナタと同じくそのドラマの続きを一刻でも早く見たかったんやろうから、その気持ちは分かるでしょ、と思いながらも、その日に母が借りてきた別のドラマを、缶ビールを片手に母と二人で熱心に見ていました。ただ、その日に母がしぶしぶ借りてきた別の韓ドラも、これまたかなり面白く、そのドラマを見終えた後で、母も私もソワソワしながら、このドラマの続きも早く見てみたいなあ、などと言い合っていた数日後、私が家に帰ると母は、最初に見ていたドラマでも、途中で借りてきた別のドラマでも無い、また新たな別のドラマを見始めていたのでした。理由は同上です。
 確かに、韓ドラが面白いことは私も認めるものの、たいていの作品のパターンや役者がほぼ「同じ」な韓ドラを、同時並行で3本も4本も見て、よう登場人物とか内容とかゴチャゴチャになれへんなあ、と私は呆れつつも、また母の横に座って缶ビール片手に新たなドラマを、ドキドキハラハラしながら見ていたのでした。


 そんな風に、母は毎日「韓ドラ」を必ず1本見る、という「韓流」な日々を送っているのですが、その「韓流」の「流れる」速さは母の絶え間ない熱心さと比べて、意外とゆっくりと時間をかけながら流れていっているのでした。
 というのも、母が韓ドラを見る時間というのは、たいてい、父や弟の夕食の片づけを終えた夜9時以降と、仕事や家事を終えた主婦がようやく休むことが出来る時間になってしまいます。そうやって、一日の仕事を全部終えた後、ビールを片手に韓ドラを見るのが、母の一日の中で、最も楽しみであり安らげる時間のハズなのですが、いかんせん、一日忙しく働いた後なので、その時間になると、母は自分自身が感じている以上に体や頭が疲れているのでしょう。私が家に帰ると、缶ビールを片手にテレビの前に座っている母なのですが、顔はテレビの方を向いておらす、頭をテーブルの方に傾けてコックリコックリ眠っていることが多かったりもします。そうして、私もビールを片手に母の横に座ると、はっと我に返ったように頭を上げ、「あ、お母さん、また寝てしまってたわ」と言いながら、大慌てでリモコンを探し、母が眠る前までに見ていた場面までドラマを巻き戻します。そして、私も一緒になって、母の隣でドラマを見始めるのですが、しばらくすると、隣に座っている母の頭がまたコックリコックリし始め、そのまましばらく眠ってしまっていたりします。私は、母が仕事や家のことで疲れているのだろうと思い、ドラマを見ながら眠ってしまっている母を起こすことはせずに、そのままそっと母の隣で先に韓ドラの続きを見ているのですが、30分くらい経つと母はまた、はっと我に返ったように頭を上げ「あ、お母さん、また寝てしまってたん!なんで、アンタ、起してくれへんの!」と言いながら、また大慌てで母が眠る前まで見ていた場面までドラマを巻き戻すのです。せっかくいい場面まで差し掛かっていたところを勝手に止められて、既に見た場面まで巻き戻しをされた私は、さすがに母の行動に腹が立ってしまい「何するのんな、私続き見てるやんか」と怒るのですが、母はそんな私の台詞には耳を傾けず、また私が家に帰って来る前に見ていたのと同じ場面まで巻き戻し、恐らく、その日母が韓ドラを見始めた場面と同じ場面を、1時間以上経った後もまだ見続けているのでした。
 しかも、その翌日、私が家に帰ると、いつのも様に、母が缶ビールを片手にテレビの前に座っているのですが、母が見ている場面が、昨日私が家に帰った時と全く同じ場面だったりした時には、お母さん、アナタ、昨日のあの数時間は一体何やったん?と呆れ返らずにはいられないのですが、相変わらず、母は時々コックリコックリしながら、気持ちよさそうに韓ドラを見ていたりするので、その姿に思わず苦笑してしまうのでした。


 そんな、ゆっくりゆっくりとした母の「韓流」の時間が流れて数年後の、去年のことです。
 ある日家に帰ると、母はいつものように缶ビールを片手にテレビの前に座って、比較的新しい現代風の韓国ドラマを見ていました。母はまた、数日前に見始めていたのとは別の新しいドラマを見ていたようなのですが、そんな母の行動にも慣れていた私は、母の横に座って缶ビールを片手に、母と一緒にそのドラマを見ることにしました。
ちょうど、私が母の横に座って見始めた場面では、韓国人のアジュモニが韓国語で何か嘆いたり文句を言っていたりする様子が描かれていました。そうして、二人並んでドラマを見ていたのですが、しばらくすると母が、私の顔をのぞき込むようにしながら、ためらいがちに「なあ、アンタ、韓国の人も『アイゴー』って言葉使うねんなあ?」と私に聞いてきます。
 突然の母の言葉に、私は驚いて母の方を向くと、母はどこか不安げな愛想笑いのようなものを浮かべながら、私の顔をうかがっているのでした。私は、母の言った「韓国の人も『アイゴー』という言葉を使うのか」という言葉の意味が分からず、「・・・は?何言ってんのん?『アイゴー』は韓国語やねんから、韓国の人が使うんは当たり前やん。お母さん、もしかして『アイゴー』って日本語やと思ってたん?」と、逆に母に詰問するように言ってしまいました。
 私の言葉を聞いた母は、私の顔から顔を背け、落ち着かない様子で視線を空にさ迷わせながら「お母さんも『アイゴー』が日本語ちゃうとは思っててんけど、でも、韓国の人が使うって知らんかったわ。ドラマ見てたら、韓国の人が『アイゴー』『アイゴー』って言うの聞いて、ああ、韓国の人も『アイゴー』って使うんやなあ、ってずっと不思議に思ってて・・・」と、恥ずかしげに何かを取り繕おうとするかのように言います。そんな母の言葉を聞きながら私は、母が韓国のドラマを見ることを通じて、母自身や自分たちの家族や共同体のみが使っていた「アイゴー」という言葉が、実は「韓国人」も使っている言葉であるかも知れないという予感を感じ、でもそのことを誰にも確かめられずにいたこと、日本人のいる前では絶対に「アイゴー」という言葉を発しないよう身体化までしていた母が、「アイゴー」という言葉が「日本語」では無いことは分かっていたとしても、では一体、その日本人の前では決して使わない「アイゴー」という言葉が「何語」であるのか確かめようもなく、また、「在日」の共同体内部でしか生きて来なかった故に、「外部」としての「韓国」「朝鮮」というものに接することが無かった母の、顧みては自身が使っている言葉のおぼろげな影を不安に感じ続けながら、母が60年間「日本語」の中で生きてきたのだということを初めて知ったのでした。


 私から「アイゴー」という言葉が「韓国の人も使う『韓国語』」であるということを聞いた後、母はまた顔をテレビの方に向けて、ドラマを見始めました。私は、母の言った「韓国の人も『アイゴー』という言葉を使うのか?」という言葉に、とても胸を打たれてしまい、熱心に韓ドラを見ている母の横に座りながら、悔しさと切なさで泣きそうになってしまいました。「アイゴー」という言葉を使わない日はないほど、「アイゴー」という日々を生きてきた母が、「アイゴー」という言葉が「何語」であるか分からないまま、「アイゴー」という言葉を使い続けてきたということ。母が「アイゴー」と言いながら生きて来なければならなかった理由の大部分は、母が「在日」であったこと、「韓国人」であったことにあると思うのですが、母にとっては、それが「在日」であるがゆえというよりは、「日本人」でな無いものであるがゆえに、差別されたり、諸権利の制限を設けられているのだと思っていたのだと思います。


 「韓国人」は「アイゴー」という言葉を使います。母や母の周囲の在日共同体の人々が「アイゴー」という言葉を使うのは、母やその人たちが「韓国人」だからです。でも、母や少なからず母のように共同体内部のみで生きてきた「在日」は、自分たちが使っている言葉が「韓国語」であることを知らずに、ただ「日本語」では無いものとして、日本人の前では使ってはいけない言葉であるものとして、共同体内部でのみ、ため息と共に「アイゴー」という言葉を使い続けてきたのだと思います。それでいて、日本社会の中では「韓国語」を知っている「在日」も、「日本語」を話し、本名を一度も名乗ることなく通名で生き、自分が使っている言葉が「韓国語」であることも知らないまま日本で生き、死んでいく「在日」も平等に差別されているのです。


 私は、確かに、「アイゴー」は「韓国語」であり、「韓国語」を知らない母が「アイゴー」という言葉を使うのは、母が「韓国人」であることと深い関わりがあるのだと思います。
 ただ、「アイゴー」という言葉が「韓国語」であったとしても、「アイゴー」という言葉が「韓国語」だということを知らずに使い続けてきた母のような「在日」が使う「アイゴー」という言葉は、「韓国人」が「韓国語」として自明に使っている「アイゴー」と同じ言葉ではないようにも思います。
 たとえ、「アイゴー」という言葉の原音が「韓国語」にあったとしても、一度も原音を聞くことなく、閉ざされた小さな共同体の中で繰り返しこだましていた「アイゴー」という響きは、「韓国人」が使う「韓国語」の「アイゴー」の響きとも、また、「韓国語」を理解することができ「韓国人」として「アイゴー」を使う「在日」の「アイゴー」の響きとも違った「固有」の振幅を保ち続けてきたように思うのです。


 新しい現代風の韓ドラを見ながら、母は「なあ、アンタ、最近の韓国のドラマのインテリアとか服装って、日本のドラマよりも、ええなって、お母さん思うんやけど」と、少し嬉しそうな顔で話しかけてきます。私は「そやで、今の韓国は日本よりもモダンでおしゃれですごいねんで」と母に同調しながら、そうして、母の人生にとって今まで一切の「負」であり、共同体外部や日本社会の中で表象することが禁じられてきた「韓国」というものが、「韓ドラ」を通じて、日本社会の中で評価され、価値のあるものとされることによって、母自身が「韓国人」であることを、全くの「負」ではなく、少しは良いもの、価値のあるものと捉え直し始めていることを思い、母に新しい「流れ」をもたらしてくれた「韓流」に感謝したりもしているのでした。


 そうして、母と二人で缶ビール片手に韓ドラを見ていたのですが、しばらくすると、母はまたコックリコックリと眠り始め、手に持っていた缶ビールが母の手からすべり落ちてしまいました。すると、母ははっと我に返って頭をあげ、「アイゴ!お母さん、ビールこぼしてしまったやんか!アンタ、早く台所から『サンピ』持って来て!」と大声で言います。
 私は母の言葉を聞きながら、お母さん、「サンピ」(布巾)は済州島の言葉やから、普通の「韓国人」の人は使えへんと思うで、と苦笑しながら、はいはい、と私の持っていた缶ビールをテーブルに置いて、ドラマを停止し、よっこらせと立ち上がったのでした。(おわり)

# by efu1977 | 2011-02-20 17:16 | efulife

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 こまーしゃる。  

 誰にも言えない熱い思い・・・。たった一言なのに、言ってしまうと今までの関係が全部崩れてしまいそうで、こわくて勇気が出ない・・・。

 そんな誰かに言えない思いや言葉を、あなたに代わってチョコレートが伝えてくれる日、それが、聖バレンタインデー。

 さて、今年のバレンタインデーは終わってしまいましたが、バレンタインデーが終わっても、誰にも言えない熱い思い、伝えたい言葉がある、という在日韓国・朝鮮人のみな様に、本日はコチラの商品をご紹介させていただきます。



はい、「本名(ほんみょう)チョコレート」です。

 チョコの形は、朝鮮半島と同じ「ウサギ型」とルーツを示せるよう工夫しました。
 また、「私のルーツは済州島やから、ユッチと同じにしてもらっては困る」というお客様の声にお応えして、「ハルラ山型」のチョコもご用意いたしました。





 この「ハルラ山型」のチョコなら、ハルラ山だけでなく、ソンサンイルチュルボンとしてもご利用いただけて、大変便利です。


 さらに、今回は初回限定ということで、「本名チョコレート」に本名だけでなく、なんと、無料で「本貫」もお付けさせていただきます。








 大好きなあの人に、大切な友だちや仲間に、たった一言「在日やねん」と言う勇気がなくて悩んでる全国の在日韓国・朝鮮人のみなさま!
 「本名」だけでなく、「本貫」まで伝えることができる、このWでお得な「本名チョコレート」!
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 *番号のお間違いのないようにご注意ください。

# by efu1977 | 2011-02-15 13:00 | efulife

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 「母のソナタ」(前編)  

 わが家に「韓流ブーム」がきて、6年以上経とうとしています。


 最初に、わが家に韓流ブームを巻き起こしたのは私なのですが、「韓流」なるものの面白さを私に教えてくださったのは、I美オモニでした。


 7年ほど前の、あるハッキョの授業でのことでした。その頃の私は、まだ担当のクラスを持っておらず、その日のオモニやスタッフの出席状況に合わせて、「あ組」でお勉強をされているオモニたちと、ほぼ日替わりのような感じでマン・ツー・マンの授業をしていました。
 ある日、I美オモニと一緒にお勉強をさせていただくことになった私は、三階の教室の一番奥の机に座って、授業が始まる前から、もう一生懸命ノートに何か書かれているI美オモニのそばに行き、I美オモニに「今日は、私が担当させていただきますので、よろしくおねがいします」とご挨拶をしました。
 いつも優しいI美オモニは、にっこりと優しい笑顔で微笑まれ「はい、こちらこそ、よろしくおねがいします」とこたえてくださったので、私は早速I美オモニの前に座って、I美オモニが書かれているノートをのぞき込みました。その頃、I美オモニは、お家で時間がある時などに、一人で日記のような長い文章を書かれていたようで、ハッキョの授業中も、ノートにその文章の続きを書かれ、そして出来上がった文章をスタッフに見せられ、漢字や表現のちょっとしたミスや、若いオモニなのでこちらの方が多いのですが、濁音や音便の抜けやまちがいを教えてもらう、というお勉強をされているようでした。
 その日も、I美オモニは私がI美オモニのそばに座る前から、ノートに日記のような文章をすらすらと、時々表現の方法を考えるように首をひねりながら書いていらっしゃり、I美オモニの前に座った私は、そんなI美オモニのご様子や、オモニの書かれている文章を黙ってじっと見つめていました。I美オモニは、私が何も言わずに黙って座っていることを気にされたのか、私にじっと見つめられていることを気恥ずかしく思われたのか、しばらくすると、カバンからI美オモニが書かれているのとは別のもう一冊のノートを取り出され、「先生、私はもう少し時間がかかりますから、良かったら、私が書いたこのノートを読んで待っていてください」とおっしゃられ、私にノートを渡してくださいました。その言葉を聞いた私は、「あ、はい、わかりました」と答えてノートを受け取り、少し戸惑いながら、I美オモニに渡されたノートを開いてみると、そこには、I美オモニが丁寧な文字で書かれた横書きの文章がビッシリと並んでありました。


 私は、I美オモニがその別のノートに書かれている文章も、おそらくI美オモニの日記のようなものかと思いながら読み始めてみると、そこには、I美オモニの日記ではなく、何か小説かドラマのあらすじのような文章が綴られていました。I美オモニは何を書かれているのかな、と思いながら、私はI美オモニが書かれた文章をしばらく読ませていただいていたのですが、普段は、文章の表現能力がとても豊かで、いつも読む者の心に響く文章を書かれているI美オモニなのですが、そのノートに書かれた文章だけは、正直読んでいて意味がさっぱり分かりませんでした。1ページの途中くらいまで読んだ私は、私の前で一生懸命に文章を書かれているI美オモニに申し訳なく思いながら、「I美さん、スミマセン、このノートに書かれてるのは、小説かドラマか何かの文章ですか?」と、おそるおそるI美オモニに声をかけてみました。すると、I美オモニは顔を上げられ、無邪気な様子で「先生、『冬のソナタ』って知ってます?」とおっしゃられます。I美オモニに突然「冬のソナタ」を知っているかと聞かれた私は面くらいながら、「『冬のソナタ』って、今、日本のオバチャンたちにめっちゃ人気があるらしい『ヨン様』って人が出てるドラマのことですか?」と聞いてみました。すると、I美オモニは、うれしそうにうなずかれながら「そうです、ペ・ヨンジュンとチェ・ジウが出てるドラマです。先生、このドラマ、ものすごくいいんですよ」とおっしゃられました。


 私は、どうも少し前から、「韓流」なるものが日本に訪れ、それは特に「冬のソナタ」という韓国ドラマを中心に、日本の中高年の女性の間で「韓流」ブーム、また「ヨン様」現象なるものが起こっていることは、何となく耳にしていたのですが、60年も前から私たち「在日」が日本社会で暮していることも知らないくせに、今さら何が「韓流」やねん、アホクサ、と思って、「韓流」という言葉や現象に接することを避け、また「韓流」にムラがっている人々(特に、日本人のオバチャンたち)を蔑んでいたりもしていました。
 そんな「嫌『韓流』」だった私に、I美オモニが突然、「冬のソナタ」を含む「韓流」がものすごく良いと絶賛されるのですから、私はI美オモニの無邪気な笑顔を前にどう反応していいのか分からず困ってしまいました。


 私は「I美さん、じゃあ、これはその『冬のソナタ』っている韓国のドラマのあらすじを書かれているのですか?でも、申し訳ないんですけど、このドラマの意味が分からないというか、この『ユジン』って女の人と『チュンサン』って男の人は、恋人同士なんですよね?え、でも、ほんまは兄妹なんですか?」と、I美オモニがノートに書かれている文章の内容を説明していただくことにしました。I美オモニは、少し考えこまれながら「先生、『チュンサン』は、本当は『ユジン』とは兄妹ではないんですけど、この時は『チュンサン』が『チュンサン』のお父さんと『ユジン』のお父さんが同じだということを知ってしまうんです」とおっしゃられます。私は「え?ほんまは兄妹ではないのに、なんで『チュンサン』が『ユジン』って人のお父さんが同じって思って悩むんですか?そんなん、『チュンサン』のお母さんに聞いたら分かるんじゃないんですか?」と、またI美オモニに聞いてみました。すると、I美オモニは、それは違うんです、という感じで首を振られながら「『チュンサン』のお母さんが、『チュンサン』のお父さんが『ユジン』のお父さんと同じって『チュンサン』に思わせるんですけど、本当は『チュンサン』のお父さんは『サンヒョク』のお父さんで、実は『チュンサン』と『サンヒョク』が兄弟なんです」とおっしゃられます。私は、さらにワケが分からないと思いながら「え?『サンヒョク』って『ユジン』の幼ななじみで『ユジン』のことを好きな人ですよね?で、なんでその『サンヒョク』って人と『チュンサン』って人のお父さんが同じになるんですか?それに、え?『ミニョン』さんって、死んだはずの『チュンサン』って人と同じ人なんですか?え?なんで、死んだ人が生き返って別人になって『チュンサン』のお母さんの息子になってるんですか?双子がいたんですか?」と、I美オモニがノートに書かれている先の部分を私に説明してくださればくださるほど、「冬のソナタ」というドラマのストーリーの展開が分からず、私は立て続けにI美オモニに質問をしてしまいました。
 I美オモニは、「先生、ちがうんです、あのね『チュンサン』のお母さんは『ユジン』のお父さんのことが好きやったんですけど、でも結婚することができなくて、それで・・・」と、また懸命に私に「冬のソナタ」のストーリーを説明しようとしてくださったのですが、「全く意味が分かりません」という顔でI美オモニを見つめている私に、とうとう愛想をつかされたのか、I美オモニはため息をつきながら「先生、もういいですから、いっぺん、ドラマを見てみてください!」とおっしゃられたのでした。I美オモニの呆れたようなお顔を前に、私は頭をぽりぽりかきながら、「はあ、じゃあ、今度また見てみます」と、おそらく見ないだろうな、とは思いつつも、I美オモニと「冬のソナタ」を見る口約束をして、その日は、複雑すぎる「冬のソナタ」の人間関係にちんぷんかんぷんしながら、I美オモニの文章を読ませていただいていたのでした。


 その次のハッキョでの授業でのこと。ハッキョに来るや否や、何やら重そうな紙袋を抱えてI美オモニが私に近づいて来られました。そうして、その紙袋を私に手渡されながら「はい、先生、貸してあげます。ちゃんと、見てくださいね」とおっしゃられ、また無邪気なお顔で微笑まれます。私は、ビックリしながら、その重そうな紙袋を受け取り、袋の中をのぞいてみると、そこには「冬のソナタ」ときれいな文字で書かれたビデオテープがぎっしり入っていたのでした。それを見た私は、ああ、やっぱり、I美オモニは、私が「冬のソナタ」を見ると言ったのは口約束だけということを見破られ、そうして「冬のソナタ」を絶対に見てもらわなアカンと思って持ってきてくださんたんやろうな、と思い、心の中で冷や汗をかきました。そして、「あ、ありがとうございます、わあ、ありがたいです、早速週末にでも見てみますね」と、今度は口約束ではなく、本当にこの超複雑そうな「冬のソナタ」を見なければならない覚悟を決めながら、「冬のソナタ」を受け取ったのでした。


 そして、その週の金曜日の夜、I美オモニから「冬のソナタ」を見るようにという「任務」を重荷に感じながら、私は「『冬のソナタ』第1話・第2話」と書かれたビデオを紙袋から取り出し、全部見終えるのにいつまでかかるんやろうと、その任務終了までの途方もない時間を思いわずらいながら、ビデオのスイッチを押しました。


 気が付いたら、朝でした。
 紙袋に10本入っていたビデオテープの4本が、すでに紙袋から出されてありました。私はその日、時間が経つのも忘れ、徹夜で「冬のソナタ」をずっと見ていたのでした。「冬のソナタ」傑作です。
 そして、その日から私は「嫌『韓流』」からスッパリ足を洗い、「韓流」ブーム並びに「ヨン様」現象を支持し、自ら進んで「冬ソナ」のみならず、「韓ドラ」を見続けることを志願するという、「韓流」な人生が始まったのでした。



 そして、早々に「冬のソナタ」全20話を見終えた私は、I美オモニに「冬のソナタ」を返す前に、ぜひ、私の母親にも「冬のソナタ」の面白さを教えてあげようと思い、母親に「冬のソナタ」を見るように薦めてみました。すると、以前の私と同じく日本での「韓流」ブームや「ヨン様」現象をうさんくさく思っていたらしい母親は「そんなん、日本のオバチャンらが喜んで見てるやつやろ。お母さん、そんなん見たないわ」と、しがにもかけず、そっぽを向いてしまいました。そんな母親の反応を予想してた私は、いつになく真剣な顔で母親を見つめながら、「お母さん、私もこれ見るまでは、お母さんと同じように思ってたんやけど、ちゃうねん、『冬ソナ』はめちゃくちゃオモロイねん。ダマされたと思って一回見てみて。ほんまに、感動するから」と言い、相変わらずうさんくさそうな顔で私の言葉を聞いている母親に「冬のソナタ」の入った紙袋を預けたのでした。


 それからしばらく経ったある日、とうとう母親は「冬のソナタ」を見る気持ちになったらしく、私が夜に家に帰ると、第1話目を見始めていました。その姿に私は「よしよし」と思いながらも、母親も翌日仕事があるのにこんな時間から「冬ソナ」を見始めて大丈夫かなと思いつつ、母親の「冬ソナ」デビューを側で付き合うことは止めて先に眠ることにしました。
 朝起きると、いつもは静かなハズの1階から何やら音が聞こえます。下りてみると、母親が、前日私が眠る前に見た姿勢そっくりのままテレビの前に座って「冬ソナ」を見ていました。やっぱり。「冬のソナタ」にハマる人の典型的パターンです。(つづく)

# by efu1977 | 2011-01-16 12:22 | オモニハッキョ

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