それ以来、現在に至るまで、母の「韓流ブーム」が続いています。
私と同様、「冬のソナタ」を早々に見終えた母は、「冬ソナ」以降、毎週一回NHKの総合で放映されていた「美しき日々」や「オールイン」などを見始めたのは勿論のこと、週に一度の韓ドラではガマン仕切れなくなったらしく、近くのツタヤに通っては、毎日必ず一本見るという日々を送ることになりました。
当時既に、ツタヤなどのレンタルショップには「韓流」のコーナーがショップの一角を占めるようになっていたとはいえ、現在ほどの新旧何でもありのラインナップが揃っているというほどではなかったように思います。母は、「韓流」好きになった当初から、ヨン様が好きとか、イ・ビョンホンやチャン・ドンゴンなど「韓流四天王」と称されていたイケメン俳優の誰かに夢中になっているという感じではなく、とにかく「韓流」のドラマやストーリーなど「韓流」の「ワールド」そのものに熱中していたようでした。だから、ツタヤなどのレンタルショップに行って、とりあえず「韓流」コーナーに並んでいる何か適当な作品を借りてきては、仕事を終え夕食の片づけをした後、テレビの前に座って熱心に韓ドラを見ていたのでした。
私の母親は、わりと何に対しても淡白な方で、私の知る限りでは、何か趣味を持っていたり、継続的に何かを行なうというようなことが無かったように思います。勿論、毎日仕事が忙しく、かつお金も無いので趣味や道楽のようなものを持てる余裕が一切無い人生を送ってこられたということもありますが、そんな自分自身のためにお金や時間を費やすことができない母親を、私は少し寂しく哀れに感じてもいました。幸い、母は私の「母なる証明」として、大のビール好き、とりあえず、ビールがあればたいていのことはガマンできるというストレス解消法を持っていました。だから、私は会社が終わって時間がある時に、母を誘って近くの居酒屋に飲みに行っては、ビールとアテをつつきながら、母親の、父に対する文句や職場のグチ、私へのお説教や嘆息に付き合ってあげるなど、ちょっとした「親孝行」をしていたりもしました(説教や嘆息を取り除いてあげるのが一番の親孝行やろ!という儒者の声)。
だから、そんな母親の人生に初めて「韓国ドラマ」という、思ってもみなかった新しく熱中できるものが現れたことが、私にとってもとても喜ばしく、毎日テレビの前に座って缶ビールを片手に熱心に韓ドラを見ている母親の姿に、私は安堵の気持ちを覚え、また私自身も高く評価している韓国ドラマに対して、何か感謝の気持ちのようなものも感じていました。
そんな風に、母に韓流ブームが訪れて以降、私がハッキョや習い事が終わって夜に家に帰ると、缶ビールを片手にテレビの前に座りながら、韓ドラを見ている母の姿が我が家の日常風景になっていきました。そうして、私もハッキョや付き合いが無い日など、比較的早く家に帰ることができた時は、母の隣に座って缶ビール片手に、母の見ている韓ドラを一緒に見る日も多くなっていきました。
そんなある日、私が家に帰ると母がいつのもようにテレビの前に座って韓ドラを見ていたので、母と一緒に私も少し見ていたドラマの続きを見ようと、母の横に腰を降ろしました。ところが、その日のテレビの画面に映っていたのは、数日前に母が見始めていたドラマと同じものではなく、その作品とはまた別の作品を母が見ていることに気が付きました。私は母に「これ、こないだ見てたんとちゃうやん?こないだのん、もう見終わったん?」と、一般的に韓ドラは最低でも20話近くあり、いくら毎日見ていたとしても、まさかこないだ見始めたばかりのドラマを母がもう見終えていることは在り得ない、と思いながら母に聞いてみました。すると、母は「お母さんが、今日ツタヤ行ったら、よりによってお母さんが借りようと思ってた巻が借りられてなかってん、ほんまに、腹立つわあ。他のドラマ見たらいいのに!」とふくれっ面をしながら言います。それを聞いた私は、いやいや、その人もアナタと同じくそのドラマの続きを一刻でも早く見たかったんやろうから、その気持ちは分かるでしょ、と思いながらも、その日に母が借りてきた別のドラマを、缶ビールを片手に母と二人で熱心に見ていました。ただ、その日に母がしぶしぶ借りてきた別の韓ドラも、これまたかなり面白く、そのドラマを見終えた後で、母も私もソワソワしながら、このドラマの続きも早く見てみたいなあ、などと言い合っていた数日後、私が家に帰ると母は、最初に見ていたドラマでも、途中で借りてきた別のドラマでも無い、また新たな別のドラマを見始めていたのでした。理由は同上です。
確かに、韓ドラが面白いことは私も認めるものの、たいていの作品のパターンや役者がほぼ「同じ」な韓ドラを、同時並行で3本も4本も見て、よう登場人物とか内容とかゴチャゴチャになれへんなあ、と私は呆れつつも、また母の横に座って缶ビール片手に新たなドラマを、ドキドキハラハラしながら見ていたのでした。
そんな風に、母は毎日「韓ドラ」を必ず1本見る、という「韓流」な日々を送っているのですが、その「韓流」の「流れる」速さは母の絶え間ない熱心さと比べて、意外とゆっくりと時間をかけながら流れていっているのでした。
というのも、母が韓ドラを見る時間というのは、たいてい、父や弟の夕食の片づけを終えた夜9時以降と、仕事や家事を終えた主婦がようやく休むことが出来る時間になってしまいます。そうやって、一日の仕事を全部終えた後、ビールを片手に韓ドラを見るのが、母の一日の中で、最も楽しみであり安らげる時間のハズなのですが、いかんせん、一日忙しく働いた後なので、その時間になると、母は自分自身が感じている以上に体や頭が疲れているのでしょう。私が家に帰ると、缶ビールを片手にテレビの前に座っている母なのですが、顔はテレビの方を向いておらす、頭をテーブルの方に傾けてコックリコックリ眠っていることが多かったりもします。そうして、私もビールを片手に母の横に座ると、はっと我に返ったように頭を上げ、「あ、お母さん、また寝てしまってたわ」と言いながら、大慌てでリモコンを探し、母が眠る前までに見ていた場面までドラマを巻き戻します。そして、私も一緒になって、母の隣でドラマを見始めるのですが、しばらくすると、隣に座っている母の頭がまたコックリコックリし始め、そのまましばらく眠ってしまっていたりします。私は、母が仕事や家のことで疲れているのだろうと思い、ドラマを見ながら眠ってしまっている母を起こすことはせずに、そのままそっと母の隣で先に韓ドラの続きを見ているのですが、30分くらい経つと母はまた、はっと我に返ったように頭を上げ「あ、お母さん、また寝てしまってたん!なんで、アンタ、起してくれへんの!」と言いながら、また大慌てで母が眠る前まで見ていた場面までドラマを巻き戻すのです。せっかくいい場面まで差し掛かっていたところを勝手に止められて、既に見た場面まで巻き戻しをされた私は、さすがに母の行動に腹が立ってしまい「何するのんな、私続き見てるやんか」と怒るのですが、母はそんな私の台詞には耳を傾けず、また私が家に帰って来る前に見ていたのと同じ場面まで巻き戻し、恐らく、その日母が韓ドラを見始めた場面と同じ場面を、1時間以上経った後もまだ見続けているのでした。
しかも、その翌日、私が家に帰ると、いつのも様に、母が缶ビールを片手にテレビの前に座っているのですが、母が見ている場面が、昨日私が家に帰った時と全く同じ場面だったりした時には、お母さん、アナタ、昨日のあの数時間は一体何やったん?と呆れ返らずにはいられないのですが、相変わらず、母は時々コックリコックリしながら、気持ちよさそうに韓ドラを見ていたりするので、その姿に思わず苦笑してしまうのでした。
そんな、ゆっくりゆっくりとした母の「韓流」の時間が流れて数年後の、去年のことです。
ある日家に帰ると、母はいつものように缶ビールを片手にテレビの前に座って、比較的新しい現代風の韓国ドラマを見ていました。母はまた、数日前に見始めていたのとは別の新しいドラマを見ていたようなのですが、そんな母の行動にも慣れていた私は、母の横に座って缶ビールを片手に、母と一緒にそのドラマを見ることにしました。
ちょうど、私が母の横に座って見始めた場面では、韓国人のアジュモニが韓国語で何か嘆いたり文句を言っていたりする様子が描かれていました。そうして、二人並んでドラマを見ていたのですが、しばらくすると母が、私の顔をのぞき込むようにしながら、ためらいがちに「なあ、アンタ、韓国の人も『アイゴー』って言葉使うねんなあ?」と私に聞いてきます。
突然の母の言葉に、私は驚いて母の方を向くと、母はどこか不安げな愛想笑いのようなものを浮かべながら、私の顔をうかがっているのでした。私は、母の言った「韓国の人も『アイゴー』という言葉を使うのか」という言葉の意味が分からず、「・・・は?何言ってんのん?『アイゴー』は韓国語やねんから、韓国の人が使うんは当たり前やん。お母さん、もしかして『アイゴー』って日本語やと思ってたん?」と、逆に母に詰問するように言ってしまいました。
私の言葉を聞いた母は、私の顔から顔を背け、落ち着かない様子で視線を空にさ迷わせながら「お母さんも『アイゴー』が日本語ちゃうとは思っててんけど、でも、韓国の人が使うって知らんかったわ。ドラマ見てたら、韓国の人が『アイゴー』『アイゴー』って言うの聞いて、ああ、韓国の人も『アイゴー』って使うんやなあ、ってずっと不思議に思ってて・・・」と、恥ずかしげに何かを取り繕おうとするかのように言います。そんな母の言葉を聞きながら私は、母が韓国のドラマを見ることを通じて、母自身や自分たちの家族や共同体のみが使っていた「アイゴー」という言葉が、実は「韓国人」も使っている言葉であるかも知れないという予感を感じ、でもそのことを誰にも確かめられずにいたこと、日本人のいる前では絶対に「アイゴー」という言葉を発しないよう身体化までしていた母が、「アイゴー」という言葉が「日本語」では無いことは分かっていたとしても、では一体、その日本人の前では決して使わない「アイゴー」という言葉が「何語」であるのか確かめようもなく、また、「在日」の共同体内部でしか生きて来なかった故に、「外部」としての「韓国」「朝鮮」というものに接することが無かった母の、顧みては自身が使っている言葉のおぼろげな影を不安に感じ続けながら、母が60年間「日本語」の中で生きてきたのだということを初めて知ったのでした。
私から「アイゴー」という言葉が「韓国の人も使う『韓国語』」であるということを聞いた後、母はまた顔をテレビの方に向けて、ドラマを見始めました。私は、母の言った「韓国の人も『アイゴー』という言葉を使うのか?」という言葉に、とても胸を打たれてしまい、熱心に韓ドラを見ている母の横に座りながら、悔しさと切なさで泣きそうになってしまいました。「アイゴー」という言葉を使わない日はないほど、「アイゴー」という日々を生きてきた母が、「アイゴー」という言葉が「何語」であるか分からないまま、「アイゴー」という言葉を使い続けてきたということ。母が「アイゴー」と言いながら生きて来なければならなかった理由の大部分は、母が「在日」であったこと、「韓国人」であったことにあると思うのですが、母にとっては、それが「在日」であるがゆえというよりは、「日本人」でな無いものであるがゆえに、差別されたり、諸権利の制限を設けられているのだと思っていたのだと思います。
「韓国人」は「アイゴー」という言葉を使います。母や母の周囲の在日共同体の人々が「アイゴー」という言葉を使うのは、母やその人たちが「韓国人」だからです。でも、母や少なからず母のように共同体内部のみで生きてきた「在日」は、自分たちが使っている言葉が「韓国語」であることを知らずに、ただ「日本語」では無いものとして、日本人の前では使ってはいけない言葉であるものとして、共同体内部でのみ、ため息と共に「アイゴー」という言葉を使い続けてきたのだと思います。それでいて、日本社会の中では「韓国語」を知っている「在日」も、「日本語」を話し、本名を一度も名乗ることなく通名で生き、自分が使っている言葉が「韓国語」であることも知らないまま日本で生き、死んでいく「在日」も平等に差別されているのです。
私は、確かに、「アイゴー」は「韓国語」であり、「韓国語」を知らない母が「アイゴー」という言葉を使うのは、母が「韓国人」であることと深い関わりがあるのだと思います。
ただ、「アイゴー」という言葉が「韓国語」であったとしても、「アイゴー」という言葉が「韓国語」だということを知らずに使い続けてきた母のような「在日」が使う「アイゴー」という言葉は、「韓国人」が「韓国語」として自明に使っている「アイゴー」と同じ言葉ではないようにも思います。
たとえ、「アイゴー」という言葉の原音が「韓国語」にあったとしても、一度も原音を聞くことなく、閉ざされた小さな共同体の中で繰り返しこだましていた「アイゴー」という響きは、「韓国人」が使う「韓国語」の「アイゴー」の響きとも、また、「韓国語」を理解することができ「韓国人」として「アイゴー」を使う「在日」の「アイゴー」の響きとも違った「固有」の振幅を保ち続けてきたように思うのです。
新しい現代風の韓ドラを見ながら、母は「なあ、アンタ、最近の韓国のドラマのインテリアとか服装って、日本のドラマよりも、ええなって、お母さん思うんやけど」と、少し嬉しそうな顔で話しかけてきます。私は「そやで、今の韓国は日本よりもモダンでおしゃれですごいねんで」と母に同調しながら、そうして、母の人生にとって今まで一切の「負」であり、共同体外部や日本社会の中で表象することが禁じられてきた「韓国」というものが、「韓ドラ」を通じて、日本社会の中で評価され、価値のあるものとされることによって、母自身が「韓国人」であることを、全くの「負」ではなく、少しは良いもの、価値のあるものと捉え直し始めていることを思い、母に新しい「流れ」をもたらしてくれた「韓流」に感謝したりもしているのでした。
そうして、母と二人で缶ビール片手に韓ドラを見ていたのですが、しばらくすると、母はまたコックリコックリと眠り始め、手に持っていた缶ビールが母の手からすべり落ちてしまいました。すると、母ははっと我に返って頭をあげ、「アイゴ!お母さん、ビールこぼしてしまったやんか!アンタ、早く台所から『サンピ』持って来て!」と大声で言います。
私は母の言葉を聞きながら、お母さん、「サンピ」(布巾)は済州島の言葉やから、普通の「韓国人」の人は使えへんと思うで、と苦笑しながら、はいはい、と私の持っていた缶ビールをテーブルに置いて、ドラマを停止し、よっこらせと立ち上がったのでした。(おわり)